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長崎地方裁判所 昭和32年(わ)83号 判決

被告人 松崎勇

主文

被告人は無罪。

理由

第一、本件公訴事実の要旨は、次のとおりである。

被告人は、

(一)(1)  昭和三十二年二月十日午前一時過ぎ頃、長崎県西彼杵郡外海村大字神浦江川郷千四番地木造瓦葺二階建常盤映画館こと森辰巳方衣裳部屋において、木箱の上に新聞紙及び造船用材の削り屑をのせ、所携のマッチでこれに点火して、右森辰已及びその家族が階上を住居に使用中の同映画館を焼毀しようとしたが、隣人に発見され、消火されたため、

(2)  同月十一日午前二時頃、同村同郷九百三十五番地林留五郎の経営にかかる木造瓦葺平屋建風呂屋の釜焚場においてその焚口附近に、造船用材の削り屑を置き、これに石油様の油を振りかけ、所携のマッチで点火して、人の住居に使用せず、かつ人の現在しない右風呂屋の建物を焼毀しようとしたが、削り屑が湿つていてこれに燃え移らなかつたため、

共にその目的を遂げなかつた、

(二)(1)  同月十二日午前三時頃、同村同郷六百十六番地医師松瀬猛夫方前の同人所有の板壁造りトタン葺物置小屋において、新聞紙の上にその場にあつた薪をのせ、所携のマッチでその新聞紙に点火して放火し、よつて人の住居に使用せず、かつ、人の現在しない右物置小屋一棟を全焼させ、

(2)  同月十三日午前一時三十分頃、前記林留五郎方風呂屋の釜焚場において、南側の板壁に接して新聞紙を置き、その上に薪一把をのせ、所携のマッチでこれに点火して放火し、よつて人の住居に使用せず、かつ人の現在しない右風呂屋の釜焚場の壁板及び屋根の一部に燃え移らせて右各部を燃焼させ、

てそれぞれ焼毀した、

(三)  同年一月二十七日頃の午前二時三十分頃、同村同郷神浦漁業協同組合事務所において、宿直員西村清見に対し、その頭部を拳で数回殴打して暴行を加えた、

ものである。

第二、(証拠略)

第三、しかしながら、鑑定人桜井図南男作成の鑑定書並びに第六回公判調書中証人松崎富助の供述記載を総合すれば、被告人は、本件各犯行当時、重篤な精神分裂病にかかつており、個々の知識記憶等の精神機能はかなりよく保たれているのであるが、これを総合的な人格として観るときは、感情の鈍麻、奇異な行動等があつて、社会適応性を欠き、その精神障害は根深く、本件各犯行もまた精神分裂病的思考の所産であつて、被告人において真に行為の是非善悪を弁識して、しかもあえて本件各犯行に及んだものであるとは認めることができない。すなわち、被告人は、本件各犯行当時、心神喪失の状態にあつたものというべく、結局刑法第三十九条第一項に該当するので、刑事訴訟法第三百三十六条前段を適用して、被告人に対し無罪の言渡をする。

(裁判官 臼杵勉 関口文吉 岡野重信)

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